■ゆいベース・エルのミッション |
ゆいベース・エルが考える 生涯学習
『学習』というと、何か堅苦しくて近寄りがたく気が重いものを連想しそうです。ましてそれに『生涯』が付いてしまうということは、学校だけでもうんざりだったのに、大人になり会社に行くようになっただけでは飽き足らず、
定年を迎えた後までも忌々しい三角関数やサ行変格活用、クック船長の右手の法則などを勉強しなければならないのか、それならばいっそのことあの自由で気楽な学生時代に戻りたいとさえ思うことでしょう。
けど、よく見てみると何か違うみたい...そう、字が違います。『勉強』と『学習』。
『勉強』の勉とはツトメル−頑張る・励む−という意味で、強はシイル。なにか外的要因によってある方向に向かわせられる求道的な印象があり、多くの人はちょっと苦手だなと思うのではないでしょうか。
片や『学習』の学はマナブ、それは自発的なきっかけに端を発していますし、習はナラウ、他者から受動的に得る形ではありますが、そのきっかけは自発的な意志に拠るものでしょう。
誰にでも不思議に思うこと、知りたいこと−なぜ雨は降るんだろう、なぜ海の色は青いんだろう、なぜ戦争はなくならないのか...−はあるでしょう。
また、誰にでもやってみたいことできること−絵本を作りたい、焼き物をやりたい、ギターを弾いてみたい、紙ヒコーキを作らせたらピカ一だ...−もあるでしょう。
何か学術的で難しいことではなく、そういった自分が知りたい・やってみたいということを自分の意志で、自発的に、自分が考えるやり方で調べる・理解する・やってみる、その過程で必要であれば他の人から習ってもみる、
これこそが『生涯学習』なのです。
だけどやっぱり一生涯ずっとやっていくには気が重い...。
いえいえ、『生涯』を生涯ずっとと考えるから気が重くなるのです。生涯の中でいつでもどこでも〜幼児から学生、社会人、主婦、老後までいつでも、学校、社会、家庭、地域のどこでも〜行える、
疲れたり気が滅入ってしまえば、ちょっと休んだり、他のことをしてみてもいいと考えれば気楽にできるのではないでしょうか。
生涯学習とは自分自身のために、自分自身が行うものです。集中力・継続性がないのはケシカランと他の人から言われようとも、
それらを包括した上での、自分自身の生涯学習なのです。自分自身の考え・行動は自分自身に返ってくる、自分自身の問題なのです。
そもそもちょっとやそっと休んだくらいではビクともしない程、生涯は長いもので、やり直しはいくらでも効くものでしょう。
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ゆいベース・エルの 目的
前段でいつでもどこでもと記述しましたが、往来の激しい国道の真ん中で、宇宙の神秘について考察するのはよろしくないでしょう。大概の人は真理に到達する前に轢かれてしまいます。
では、人里離れた山の中、電気も水道もないところで一人心静かに、株価の変動と経済状況について調査し、論文を書いてみることは可能でしょうか?
また、4畳半の部屋で一人で考えこみ、新しいフォークダンスを創作し、実演することは可能でしょうか?
生涯学習を行うのは基本的にはどこでもできますが、活動上のいろんな情報を得る、人とコミュニケーションを取る、設備や環境の整った安全な場所で活動することができれば、
より有意義で質が高く、高いモチベーションを維持した活動が行えることでしょう。
人によっては、自分がやりたいこと好きなことがわからない、それを知るためのヒントが欲しいと考えることもあるかもしれません。
そういった整備された活動環境があり、情報を提供し、活動上の助言ができ、人々が集まって情報共有できる生涯学習の『活動拠点』を用意し、そこを中心に生涯学習活動が行われ、
個々の市民がそこで得たものを地域に持ち帰り、生涯学習が広く普及し活性化する、そんな世界をゆいベース・エルは目指しています。
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ゆいベース・エルの 方針
ゆいベース・エルは前述の目的に基づき、次の3つのターゲットに対し、サービスを展開してゆきます。
市民
- 生涯学習実践のための活動場所を用意する。
- 生涯学習活動を行う上での情報要求に対し、情報提供を行う。
- 生涯学習活動を行う上での相談に対し、助言を行う。
- 生涯学習についての普及啓発を行う。
支援スタッフ
- スキル(情報収集・情報分類・情報提供・コミュニケーション等)の向上と維持を図る。
- リーダーを養成する。(指導型から調整型への変革)
- 働きやすい職場環境を用意し、評価制度の確立を図る。
行政
- 生涯学習施設構築・運営における提案・助言を行う。
- 情報共有とコミュニケーションを図る。
- 市民の生涯学習活動振興のため、協働を図る。
- 装備、データ登録等サポート業務を実施する。
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活動拠点 について
ゆいベース・エルが目指す生涯学習の活動拠点は、ありとあらゆる市民の情報要求に対応するため、多角的に情報を収集し、それを分類・整理し、要求に応じて的確に提供する機能が求められます。
また、市民がそこで得た知識や情報、技術をその場で連続的継続的に実践できることが求められ、なおかつ同じ目的や同じ趣向の仲間とコミュニケーションを取られることが求められます。
そのような活動拠点が各地域に作られれば、それに越したことはありませんが、実現には資金と時間、多くの労力が必要で、それができるまでは市民の生涯学習活動はお待ちくださいというのではハードウエアありき、本末転倒というものでしょう。
そこで考えてみました。市民に情報提供するために多角的に情報を収集・分類し、得た情報を基に実践・実演ができ、同好の士が集い、コミュニケーションが取れる施設...。
そう、それはまさしく図書館ではないかと。
一般的には無料で本が読めるという「読書センター」としての機能ばかりが取り沙汰されますが、幅広く様々な範囲と共に、書籍に限らず様々な種類(視聴覚、電子メディア、小冊子等)の情報を集め、
何々について知りたいという利用者の要求に対して、適切・的確な資料を提供するレファレンスというサービスを実施することで「情報センター」としての機能を有している図書館こそ、生涯学習の拠点となりうるのではないかと。
図書館で得た知識や情報・技術なりに基づき、実践・実演して自ら深めたり、他の市民と情報共有ができる「学習センター」の機能があれば、それはまさしくゆいベース・エルが目指す生涯学習活動の拠点そのものではないかと。
そこでゆいベース・エルでは、図書館を中心とした生涯学習施設の「読書+情報+学習センター」化を目指し、真の意味で市民によって支えられる「生涯学習の拠点」を実現すべく、活動するものなのです。
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ゆいベース・エルの考える ボランティア
NPOは、その発生経緯−社会貢献活動を行っているボランティア団体に法人格を与える−や、非営利という名称から、ボランティア(=無償)による運営であると、一般には認識されています。
そのため、NPOに属する人は全てボランティアであるから、実施事業は全て無償で行うのだ、という概念が流布しているように思えます。
しかし、労働の対価としての給与は損益として認められており、けして収益を上げてはいけないということではなく、利益を配当等の形で内外の関係者に分配してはいけない、次の事業へ再投資するということになります。
特にゆいベース・エルが推進する生涯学習支援事業は、多角的な範囲での情報収集+分類+提供を行うため、スタッフには専門的で高度な技術と長期的継続的に従事することが要求されます。
また、市民の要求に的確に応じられるコンサルタント能力やコミュニケーション能力、市民の秘密を守る守秘義務なども求められ、高い倫理感と高度な専門性を兼ね備えた職業人であらねばならないと考えます。
従って、生涯学習支援スタッフは、その高度な専門技術に対する対価とその責任性により全てプロフェッショナルとして捉え、ボランティアという概念は適用できないであろうとの結論に致しました。
(これは生涯学習支援スタッフの門戸を狭めるという意味ではなく、意欲と能力がある方には積極的にスタッフになって頂き、相応の対価を支払うべきであると考えるものです)
では、ボランティアの意欲がある市民はゆいベース・エルの元で、どのようなことが行えるのでしょうか。
正会員になって頂き、当法人の企画・運営にご参加頂くことは、やりがいのある有意義なボランティアといえましょう。
ご寄付や賛助などの支援ボランティア、普及啓発事業でのイベント企画・開催の協力ボランティアなどは気軽に参加できる上、当団体の理念実現に欠かせない重要なボランティアです。
しかし、ゆいベース・エルにとって、真に市民の方に行って頂きたいと願うボランティアとは、生涯学習ボランティアなのです。
すなわち、ゆいベース・エルのリソース(資源)を利用して、自身の生涯学習活動−自らが知りたい・やってみたいことを自らの意志で、自発的に、自分が考えるやり方で調べ、理解し、習い、実践してみる−を行い、
そこで得た知識や情報、技術などを、やはり自発的に自分の考えるやり方で無償で、他の市民の方に伝達し、共有すること。
例えば、三線について学んだ方が自発的に、又は地域の方々と共同し、講習会・演奏会を行い、情報交換や交流を持つことによって互いに影響し合い、さらに知識を深め、新たな発見を導いてゆく。
この相互影響によって、市民各々の学習意欲の向上に繋がり、引いては地域社会の総合的な活性化が図れることになるのです。
社会的弱者を手助けする、被災地の援助に向かう、などボランティアの一般概念は、自分自身から他者へ向かうベクトルと考えられています。
しかし、地域の社会的弱者や被災地の方へ手を差し伸べることによって、その地域全体が幸せになり、意識や環境が向上することは結果的に自分自身の意識や環境が向上し、幸せになると考えれば、
ボランティア活動のベクトルは市民自身から自らへと向かうベクトルであるともいえます。
まして、自分自身が必要と思うことを、自発的に、無償で行うという性質を考えれば、それは生涯学習活動そのものに他なりません。
まさに、生涯学習活動とボランティアは表裏一体、車輪の両輪といえるのです。
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